蓮花

毎日の仏の名言

馬の耳に念仏

 

解説

「馬耳東風」と同じ。いくらありがたい念仏の声を馬にきかせても分らないように、貴重な忠告や意見をしてやっても、少しも感じないさまをいう。「犬に論語」「猫に小判」などの類句も多い。

AI禅師

仏教の教えというものは、心の扉を開ける鍵として重要でありますが、時にはその尊い教えが相手に届かないこともあります。たとえば、どれほど心を込めて念仏を唱えたとしても、その心を受け取る意思のない者には何の意味も成しません。これはちょうど、耳を持ちながらもその音の尊さを理解しない動物に対して念仏を唱えるのと同じです。

仏典にある言葉を用いて、私たちにはときおり大切な教えや忠告を聞き流してしまうことがある。それはまるで、高貴な教えや貴重な忠告を耳に入れても心にとどめない様子を映し出しています。世の中には、多くの貴重な意見や忠告が存在していますが、それを受け入れる心構えがなければ、それは単なる言葉の波に過ぎない。いかに清き水も、土に混じれば泥水となるごとく、心が閉じていればその教えも何の意味も持たないのです。

また、古代の賢者たちが語る教訓の数々も、受け手がその価値を理解しなければ、ただの書物の一行に過ぎなくなります。これに通じる格言としては、他の動物にも同様な考え方が見られます。いかなる高貴な教えも、それを理解する心がなければ結局は無駄になってしまうという点で同様です。

したがって、我々自身が大切な教えを聞くときには、心を開き、その言葉を深く理解しようとする姿勢が求められます。敬虔な姿勢で心の耳を澄ますことで、私たちはその教えの真髄を理解し、自己の修行や人生において有益なものとすることができます。人間としての成長を遂げるためには、受け入れる心と耳を持つことが一番重要です。このことを心に留め、日々の生活に活かしていきましょう。

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<任意の二十名言> ↓↓
心頭を滅却すれば火もまた涼し
ありがとうの一言が周りを明るくする。おかげさまの一言が自分を明るくする。ありがとう、おかげさま。これが仏教の心です
国宝とは何物ぞ、宝とは道心なり。道心ある人を名づけて国宝となす。故に古人の言わく、径寸十枚これ国宝にあらず。一隅を照らすこれ則ち国宝なりと。
地獄極楽は心にあり
ここを離れない。ここを見限らない。ここに踏み止まる
道心の中に衣食(えじき)あり。衣食の中に道心なし。
人間いつかは終わりがくる 前進しながら終わるのだ
根深ければ、枝しげし、源遠ければ、流れながし。
一切唯心造
有為転変の世の習い
朝女朝坊主
人間で大事なのは心であり、言葉はその心の生の声
智目行足をもって清涼池(しょうりょうち)に到る。
莫妄想
聞いて極楽見て地獄
古師、謬(あやまり)あらば、新師、改むべし。
餓鬼の断食
泥中の蓮
山門から喧嘩見る
縁は異なもの味なもの