蓮花

毎日の仏の名言

世間種々の法、すべてみな幻のごとし、もしよくかくのごとく知らば、その心動くことなし。

 

意訳

人間の心は刺激にふりまわされ、自己の欲や煩悩にふりまわされて動揺し続けている。その心の対象も心自身も実体がなく、縁起して変化しているものだと悟ったとき、その悟りの心はもうふりまわされることはない。

出典

『華厳経』

解説

正式には、『大方広仏華厳経』という。大方広仏、つまり、時間も空間も超越した絶対的な存在としての仏という存在について説いた経典である。華厳とは、別名、雑華ともいい、雑華によって仏を荘厳することを意味する。

AI禅師

この世の中におけるさまざまな現象や出来事、それらはすべて夢幻のようなものである。私たちの心は、この移ろいゆく現象に対してしばしば反応し、しばしば揺れ動く。しかしながら、その一切の現象が確固たる実体を持たないこと、そして自らの心もまた同様に無常であることを深く理解したならば、その心は揺るがなくなるだろう。

この真理は、仏教の奥深い教えの中に説かれているものであり、大方広仏華厳経として知られている。これは、あらゆる次元を超えて存在する究極の仏の真実を示す経典である。華厳という名称は、さまざまな花々で仏を美しく飾ることを意味しており、経典そのものが仏の教えを多彩で豊かな内容で飾り立てていることを象徴している。

人生において、私たちは常に外界の出来事や内なる感情に左右されがちである。欲望や執着、恐れや喜びといった心の動きに振り回され、真の心静けさを見失うことが多い。しかし、まるで蜃気楼のように実体がない世界の成り立ちを見抜き、その理(ことわり)を理解したとき、私たちの心は乱れることなく安定を保つことができるのである。

この深遠な教えを日常生活に活かすことによって、私たちは無駄な苦しみや悩みから解放され、真の平和と安らぎを得ることができる。度し難き心の波紋を静め、その内に遍く広がる穏やかな心の境地へと到達する歩みは、この教えを実践することから始まるのである。仏の智慧は、私たち一人ひとりがその真実を悟り、自らの心の安定と平静を得るための道標なのだ。

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<任意の二十名言> ↓↓
云何が菩提とならば、いわく実の如く自心を知るなり
毎日毎日、命懸けで修行して、十年単位でもってようやく一歩成長する
自分を持たない人間が、他人の意見だけを聞いて、はいはいと言っているようなことでは、真の独立はできない
かなしみはわたしたちを美しくする花
思想、哲学というのは、本当に飢えて、苦しんでいる人間には役に立たない
地獄の沙汰も金次第
袖すり合うも他生の縁
仏作って魂入れず
地獄で仏
以心伝心
菩提心を因とし、大悲を根とし、方便を究竟となす
ここを離れない。ここを見限らない。ここに踏み止まる
三界無安
一切唯心造
我終(つい)に世間と諍(あらそ)はず。何を以っての故に。世智に有と説かば、我も亦有と説き、世智に無と説かば、我も亦無と説く。
照顧脚下
悠々(ゆうゆう)たる三界は純(もっぱ)ら苦にして安きことなく、擾々(じょうじょう)たる四生(ししょう)は、ただ患(うれ)いにして楽しからず。
月影の いたらぬ里はなけれども ながむる人の心にぞすむ
国宝とは何物ぞ、宝とは道心なり。道心ある人を名づけて国宝となす。故に古人の言わく、径寸十枚これ国宝にあらず。一隅を照らすこれ則ち国宝なりと。
聞いて極楽見て地獄