怨みをもって怨みに報ぜば怨み止まず、徳をもって怨みに報ぜば怨みたちまち尽く。長夜の夢裏のことを恨む莫れ。法性真如の境を信ず可し
伝教大師最澄(天台宗宗祖。767-822/別当大師光定撰)
怨みをもって怨みに報ぜば怨み止まず、徳をもって怨みに報ぜば 怨みたちまち尽く。長夜の夢裏のことを恨む莫(なか)れ。法性真如の境を信ず可(べ)し。
怨みで返しても怨みは消えない。徳をもって接すれば必ず怨みは消える。長夜の夢の如き人生の中で、怨みをいつまでも怨み続けることなく、さとり(法性真如)の世界を信じよう。
『伝述一心戒文』
宗祖伝教大師の大乗戒壇独立の経過と真意を明らかにした書物で、別当大師光定(779-858)の編著。光定は、「比叡山の大黒さん」としても信仰され、伝教大師をたすけて菩薩道の教団づくりに奔走した。本書は比叡山の戒壇独立運動の実情を細かに記し、比叡山草創の頃の困難な状況もわかる。
怨みを抱いたままその怨みに応じても、傷つくのは自分自身である。人の心は、怨念に満ちていても、他者を恨むことで何かが解決することはない。むしろ、怨みに対して徳をもって接する姿勢を持てば、その怨みは不思議と消えてゆく。心の余裕、温かさをもって行動することが、自己を解放する道であり、他者との関係も和やかにする手段なのだ。
私たちの生は、長く続く夜の夢のごとく、 fleeting(つかの間の)ものである。人生の困難や辛さに目を奪われ、恨みを抱いている暇はない。どんな状況にあっても、心のあり方が未来を決する。怨みや苦しみは、いつまでもとどまるものではなく、その幻想を手放すことで、真の安らぎを得ることができるのだ。
大乗の教えに則り、私たちが見るべきは、自らの心の奥深くにある法性と真如の世界である。この世界は、私たちの心が本質的に持つ清らかさや慈悲の表れであり、信じることで初めてその姿を現す。互いの心に寄り添い、理解し合うことで、怨みを越えた関係性が築かれるとき、私たちの内にある本来の光が輝き出すのである。
怨みの渦中にいることを選ぶのか、愛と徳を持って他者とつながることを選ぶのか、その選択が私たちの人生を真に豊かにする。だからこそ、日常の小さな出来事からでも、慈愛の心をもって人と接することが大切であり、真如を信じることで、まさに自己を超えた境地へと導かれるのである。